最近、水着を探していた。
別にものすごく特殊な水着が欲しいわけではない。私の希望は、だいたいこんな感じだった。背中は大胆に開いていてほしい。甘すぎないデザインがいい。スポーティすぎる競泳水着でもなく、かといってフリフリのリゾート水着でもない。ちゃんとした生地で、ある程度長く使えるものがいい。
そして、できれば上下が分かれていてほしい。なぜなら、トイレが楽だからである。
なんとも色気のない理由だ。背中は大胆に開けたいとか、ヘルシーでちょっとセクシーなのがいいとか言っていた人間が、最後に重視しているのがトイレである。
でも、私にとってこれはけっこう重要だ。ワンピースタイプの水着は、濡れた状態で全部脱いで、また濡れたものを着直すのが地味にめんどくさい。海やプールで遊ぶだけならまだしも、旅行先で一日着ていたり、ホテルとビーチを行き来したりするとなると、この小さなめんどくささは何度も発生する。
私はこういう「一回ならどうでもいいけど、繰り返すと嫌になる小さなめんどくささ」にめっぽう弱い。だから上下別がいい。
ただし、ビキニみたいにお腹が全部出る必要はない。少し長めのトップで、お腹はある程度覆われていてほしい。水の中って案外冷えるし、今の私は別にお腹を積極的に出したいわけでもない。その代わり、背中は開いていていい。むしろ開いていてほしい。肩も出ていていい。フリルはいらない。スカートもいらない。かわいく体型を隠してくれなくていい。
……と条件を並べていくうちに、私はあることに気づいた。
こういう水着、日本で探すと案外ない。
「お腹を隠したい」は「体型を隠したい」なのか
日本で「お腹が隠れる水着」と検索すると、かなりの確率で出てくる言葉がある。「体型カバー」。
そして商品を見ると、フリルがついていたり、ギャザーが入っていたり、スカートになっていたり、ショートパンツがセットになっていたりする。もちろん、そういう水着を求めている人はたくさんいると思う。かわいいデザインが好きな人もいるし、できるだけ肌を出したくない人もいる。だから、そういう商品があること自体には何の違和感もない。
私が引っかかったのは、「お腹を隠したい」という要求が、いつの間にか「体型を隠したい女性」に翻訳されていることだった。
私はお腹は覆いたい。でも、別に全身を隠したいわけではない。背中は出したい。肩も出したい。脚も普通に出す。そして、かわいく見せたいというより、ヘルシーでちょっとセクシーに見えたい。
何なら、上下別にしたい一番大きな理由は、トイレが楽だからである。
ここには、「自分の体型に自信がないから、なるべく身体を見せたくない」というストーリーは、少なくとも私の場合ほとんど存在しない。それなのに、「お腹を隠したい」という表面的な要求だけを拾うと、「体型に自信がない」「露出を減らしたい」「かわいくカバーしたい」という、まったく別のストーリーに変換されてしまう。
これ、商品開発でよく起きることなんじゃないだろうか。
顧客が言ったことと、顧客が欲しいものは同じではない
前の記事では、「その課題は確かにある。で、それ誰が金払うの?」という話を書いた。
普段、起業家の事業について一緒に考えていると、「課題がある」まではかなり見えているのに、その先の顧客理解で少しずつズレていく場面にもよく出会う。
たとえば、「ユーザーにヒアリングしたら、こういうものが欲しいと言われました」という話。もちろん、ユーザーに聞くことは大事だ。でも、「ユーザーが何と言ったか」と「その人が本当に解決したいこと」は、必ずしも同じではない。
たとえば、「お腹を隠したい」という人が100人いたとする。アンケートなら、「お腹を隠せる水着を希望 100人」というデータになるかもしれない。でも、その100人に「なぜ?」と聞いてみたら、答えは全然違うかもしれない。
体型を見せたくない人もいる。日焼けしたくない人もいる。冷えるのが嫌な人もいる。子どもと遊ぶので動きやすさが必要な人もいる。ビキニは嫌だけれど、ワンピースも面倒という人もいる。そして私のように、「トイレが楽だから」 という人もいる。
表面に出ている要求は同じでも、解決したい問題は同じではない。ここを一緒にしてしまったら、当然、作る商品も変わる。
顧客の言葉を勝手に翻訳していないか
これは、水着に限った話ではない。
たとえば「初心者向けが欲しい」と言われたとき。初心者だから機能を減らしてほしいのか。専門用語がわからないだけなのか。失敗するのが怖いのか。最初だけ誰かに横についてほしいのか。
「女性向けの商品を作ろう」となったとき。ピンクにすればいいのか。小さくすればいいのか。軽くすればいいのか。持ち運びやすくすればいいのか。それとも、女性特有の生活上の不便を解決するべきなのか。
あるいは、そもそも本人は「女性向け」なんて一言も言っておらず、作る側が勝手にそう分類しているのかもしれない。
顧客の発言と、作り手による解釈。この二つは、思っている以上に簡単に混ざる。そして怖いのは、解釈した側が、それを「顧客の声」だと思ってしまうことだ。
「ある程度年齢を重ねた女性なら、露出は控えたいだろう」「体型をカバーしたいだろう」「かわいらしい方が安心するだろう」。でも実際には、背中はガッツリ開けたい。トイレは楽にしたい。 という人もいる。
年齢や性別といった属性からは、そこまでわからない。
アンコンシャスバイアスは、悪意ではなく「勝手な補完」なのかもしれない
こういうことを考えていて、私はアンコンシャスバイアスというものについても、少し見え方が変わった。
アンコンシャスバイアスというと、「女性はこうあるべき」「年齢が上がったらこうするべき」みたいな、わかりやすい固定観念を想像しがちだ。もちろん、そういうものもある。でも商品やサービスの設計に入り込むバイアスは、もっとさりげないのかもしれない。
誰かが「お腹を隠したい」と言った。そこまでは事実。でも、その後に「きっと体型に自信がないのだろう」「だったら、なるべく身体のラインが出ない方がいいだろう」「女性らしくフリルをつけよう」と続いたとしたら、その部分はもう顧客の発言ではない。
作り手が空白を埋めた物語だ。
もちろん、本当にそれを求めている顧客もいる。問題は、その物語が唯一の答えになってしまうことだ。
たぶん顧客理解で難しいのは、顧客の言葉を聞くことではなく、自分が勝手に付け足した部分に気づくこと なのだと思う。
「女性向け」にした瞬間、女性が消えることがある
私は「女性向け」という言葉を見ると、ときどき不思議な気持ちになる。
女性向けのパソコン。女性向けの車。女性向けの起業支援。女性向けの金融商品。女性向けの水着。
もちろん、身体的な違いや生活上の条件から、女性に特有のニーズが存在するものはある。でも「女性向け」とラベルを貼った途端、その中にいる一人ひとりの生活が見えなくなることもある。
子育て中の女性。働く女性。女性起業家。ある程度年齢を重ねた女性。カテゴリーとしては便利だ。でも、その人が朝何時に起きて、どんな服を着て、何を持って移動して、どこで困って、何を面倒だと思って、何ならお金を払ってでも消したいと思っているのか。そこまで見ないと、商品は生活に入ってこない。
前の記事では、「で、それ誰が金払うの?」 と書いた。今回の話は、その一つ前にあるのかもしれない。
誰が金を払うのかを考える前に、その人はいったい何に困っているのか。 そしてさらに、それは本当に本人が困っていることなのか。それとも、こちらが「困っているはず」と思っていることなのか。
ここを間違えたまま、「こんな課題があります」「この市場にはこれだけの人がいます」と積み上げても、たぶんどこかでズレる。
「欲しいもの」を聞くより、「その人の一日」を見た方がいい
だから私は、顧客インサイトを考えるとき、属性やアンケート結果だけでは足りないと思っている。
その人が実際にどう暮らしているのか。何をするときに止まるのか。何を面倒だと思うのか。何を諦めているのか。何を毎回仕方なくやっているのか。そこを見る。
人は必ずしも、自分の欲しいものをきれいな言葉で説明してくれるわけではない。むしろ、「これ地味に面倒なんだよね」「なんかこれ嫌なんだよね」「こういうのないんだよね」くらいのところに、かなり重要な情報が落ちている。
私自身、最初から「既存のスイムウェア市場には、年齢や身体露出に対する固定観念によって捕捉されていない顧客ニーズが存在するのではないか」などと考えていたわけではない。そんなことは一ミリも考えていない。
私が言っていたのは、「上下別がいいんですよね。トイレ楽だから。」 である。
顧客インサイトは、案外トイレに落ちている
考えてみれば、事業の種というものは、いつも立派な場所に落ちているわけではない。
社会課題や市場分析、未来予測から始まる事業もある。でも、「これ毎回めんどくさい」「なんでこうなってるんだろう」「私はこれじゃないんだけど」という、ものすごく個人的で、ものすごくしょうもない違和感から始まることもある。
そして、その違和感を少しだけ掘ってみる。なぜ嫌なのか。何が面倒なのか。本当はどうなっていたらいいのか。他の人も同じなのか。違うとしたら、なぜ違うのか。
そうやって見ていくと、最初はただの「トイレ問題」だったものの向こう側に、顧客の行動や、商品設計や、セグメンテーションや、アンコンシャスバイアスまで見えてくることがある。
つまり、顧客インサイトというのは、案外トイレに落ちている。
……ずいぶん遠くまで来た。私はただ、水着を探していただけだった。
背中が大きく開いていて、甘すぎなくて、お腹は少し覆われていて、上下が分かれている水着。なぜ上下が分かれていてほしいのか。
もう一度言う。
トイレが楽だからである。
そこからなぜ、顧客理解とアンコンシャスバイアスの話になったのか、自分でもよくわからない。ただ、こういう妙なところから考え始めて、気づいたら事業の話になっていることが、最近どうも多い。
これもまた、長年起業家をやっていたせいなのかもしれない。あるいは単に、めんどくさがりの解像度が、無駄に高いだけなのかもしれない。
どちらにしても、次に誰かが「顧客インサイト」という立派な言葉を使っていたら、私はたぶん思い出す。
水着を。
そしてトイレを。
なんとも残念である。